東京地方裁判所 昭和60年(ワ)15413号 判決 1987年8月28日
原告 森田昌永
右訴訟代理人弁護士 渡邊興安
被告 株式会社 ふそう工芸
右代表者代表取締役 倉吉征一郎
右訴訟代理人弁護士 深澤武久
同 飯嶋治
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金一五三二万円並びに内金九四一万円に対する昭和六〇年一二月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員及び内金五九一万円に対する同日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 (被告の商人性)
被告は、仏壇の製造販売を目的とする株式会社である。
2 (原・被告間の継続的製作物供給契約)
原告は、昭和五九年一月末ころまたは同年三月ころ、被告との間で、次のとおりの継続的製作物供給契約(以下「本件継続的契約という。)を締結した。
(一) 被告は原告に対し、継続して仏壇用彫刻を発注し、原告は被告に対し、これを製作して納品する。
(二) 取引期間 定めなし
(三) 取引数量 定めなし
(四) 代金単価 別表単価欄記載のとおり
3 (原告の製作・納品)
原告は、被告に対し、本件継続的契約に基づき、別表記載のとおり仏壇用彫刻を製作して納品したが、その代金合計額は二九〇九万四八〇〇円である。
4 (被告の注文打切り)
しかるに、被告は、昭和五九年一一月以降、原告に対する発注を打ち切り、取引を中止するに至った。
ところで、原告は、被告の専属業者として本件継続的契約を履行するため、多額の投資及び費用の出捐をしているものであるから、被告の一方的な右行為は違法というべきであり、被告は、被告の右行為により被った原告の後記損害を賠償する責任がある。
5 (原告の損害)
原告は、被告の専属業者として本件継続的契約を履行するため、次のとおり合計一〇三四万四八九五円の投資及び費用の出捐をしたが、被告の右債務不履行により、右投資及び費用の出捐が無価値となり、同額の損害を被った。
(一) 韓国における設備投資―合計九〇〇万円
(1) 工場用地借受け、工場設備購入、自動車購入及び機械工具等購入費(昭和五九年二月七日支出)―四〇〇万円
(2) 工場における光熱費、人件費その他事業維持に必要な運営費用(同年三月八日支出)―二〇〇万円
(3) 人件費その他の事業運転資金(同年四月二日支出)―一〇〇万円
(4) 運転資金(同年五月一一日支出)―二〇〇万円
(二) 原告の韓国渡航費―合計八九万三五〇〇円
(三) 国際電話料金―合計二四万三四八七円
(四) ルターペーパー機械購入費―合計一三万五七三〇円
(五) 彫刻刀購入費―合計七万二一七八円
よって、原告は、被告に対し、債務不履行による損害賠償請求権に基づき5の損害金のうち九四一万円、製作物供給契約に基づき3の代金から受領ずみの二三一八万四八〇〇円を控除した残金五九一万円、以上合計一五三二万円及び内金九四一万円(5の損害金の内金)に対する訴状送達の日の翌日である昭和六〇年一二月二六日から商事法定利率の範囲内である年五分の割合による遅延損害金、内金五九一万円(3の残代金)に対する納品後である同年一二月二六日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1(被告の商人性)の事実は認める。
2 同2(原・被告間の継続的製作物供給契約)の事実は否認する。
3 同3(原告の製作・納品)の事実は認める。但し、本件継続的契約に基づくとの点及び代金額は否認する。代金合計額は二三一八万四八〇〇円である。
4 同4(被告の注文打切り)の事実のうち、被告が、昭和五九年一一月以降、原告に対する発注を打ち切り、取引を中止するに至った点は認め、その余は否認する。
5 同5(原告の損害)の事実はいずれも否認する。
三 抗弁(やむを得ない事由及び代替措置の申し出)
被告が、昭和五九年一一月以降、原告に対する仏壇用彫刻の発注を打ち切り、取引を中止するに至ったのは、次のような事情によるものであって、やむを得ない事由があり、かつ、被告としては原告に代替措置を申し出たのであるから、原告主張の債務不履行責任を負ういわれはない。
1 被告の仏壇の販売先である株式会社富創堂(以下「富創堂」という。)は、昭和五九年一〇月ころから、在庫調整を始めたほか、彫刻の使用の少ない商品に営業の重点を移したが、これにより被告に対する発注が激減し、そのため、被告も原告に対する発注を打ち切らざるを得なかった。
2 右発注打切りに対する代替措置として、被告は、原告に対し、仏壇業者である徳島県の佐野木工、山田木工等の下請を紹介する旨申し出たが、原告はこれを拒絶した。
四 抗弁に対する認否
否認する。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因1(被告の商人性)の事実は、当事者間に争いがない。
二 同2(原・被告間の継続的製作物供給契約)の事実につき判断するに、《証拠省略》によれば、以下の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
1 有限会社ほり創(以下「ほり創」という。)は、仏壇用彫刻を輸入し、これを被告等に納入し、被告は、ほり創等から納入された彫刻を使用して仏壇として完成して富創堂に納入し、富創堂は、これを他へ販売していたものであること。
2 原告は、産業廃棄物処理業に従事していたが、昭和五八年一二月ころ、ほり創及び被告の代表取締役を兼ねる倉吉新寿から同人の入院先である慶応病院に呼ばれ、仏壇彫刻の仕事をはじめるよう強くすすめられ、その際、同人から、製品が良質であって単価が同人の希望に合うものならば、ほり創が原告に発注し、仕事を切らさないよう確保する旨言われ、これを了承したこと。
3 当時、原告としては、ほり創も、被告も、その実権者はいずれも倉吉新寿であるから両社の間に明確な区別はなく、ほり創との取引は被告との間でも引き継がれるものと考えていたこと。
4 原告は、昭和五九年一月中旬、彫刻品のサンプルを製作し、慶応病院に持って行ったが、倉吉新寿とは会えず、ほり創の取締役であった斉藤にそのサンプルを渡したところ、斉藤は、倉吉新寿の意を受けて、そのサンプルが品質的には合格である旨を原告に伝えたこと。
5 ところが、昭和五九年二月一二日に倉吉新寿が死亡し、ほり創から原告に対する発注は行われなかったため、原告は、斉藤に注文を出してくれるよう強く依頼したが、斉藤は、代表者が死亡した以上ほり創が原告との取引を継続して進めることは困難と判断し、原告には被告を紹介することとし、被告の工場長である柳瀬に対し、製品の品質、単価の点で合意がつくなら被告の方で発注してくれるよう依頼し、原告を紹介したこと。
6 その結果、被告は、原告に対し、昭和五九年三月以降、数回にわたって仏壇用彫刻を発注するに至ったこと。
以上の各事実によれば、原・被告間で、昭和五九年三月ころ、被告が原告に対し、継続して仏壇用彫刻を発注し、原告は被告に対し、これを製作して納品する旨の契約(但し、取引期間及び取引数量の定めはない。)が成立したものと認めるのが相当である。
三 次に、右契約に際して、原・被告間に、仏壇彫刻品の製作単価を、別表単価欄記載のとおりとする旨の合意があったか否かについて検討する。
《証拠省略》には、「昭和五九年一月下旬、原告と斉藤との間で、製作単価を、五尺五寸ものは六万五〇〇〇円、五尺三寸ものは六万二〇〇〇円とし、その他の寸法の製品は納品段階でスライド的に決めていく旨の合意があった」と供述する部分があるが、《証拠省略》の「昭和五九年一月に、単価表を作って原告宅に持参したところ、安すぎてちょっと難しいと原告に言われ、その後、倉吉新寿の容態が悪化して仕事もほとんどできなくなり、原告との単価の交渉は立ち消えになってしまい、取引に際しては当然なされるべき契約書の取り交わしも行われなかった」旨の証言及び《証拠省略》の「斉藤から、原告との間で単価の話合いができているという話はなかった」旨の証言に照らし採用できない。
なお付言するに、仮に原告主張の右合意が原告と斉藤との間になされたとしても、《証拠省略》によれば、斉藤はほり創の取締役であって、被告とは無関係であることが認められるところ、前項で認定した経緯から明らかなとおり、原告は、当初ほり創から発注を受けようとしていたところ、倉吉新寿の死亡により、それが不可能となったため、たまたま斉藤が原告を柳瀬に紹介したことにより、被告から発注を受けるようになったにすぎず、本件全証拠によっても、原告・斉藤間の右合意が被告にそのまま引き継がれたものと認めることはできない。
さらに、《証拠省略》中、「五尺五寸ものと五尺三寸もの以外については、被告に対する納品の段階で、柳瀬と話し合って、製作単価を別表単価欄記載のとおり取り決めた」旨供述する部分は、《証拠省略》に照らし採用できず、他に製作単価を別表単価欄記載のとおりとする旨の合意が原・被告間に成立したことを認めるに足りる証拠はない。
四 そこで、請求原因3(原告の製作・納品)の事実につき判断するに、原告が被告に対し、別表記載のとおり仏壇用彫刻を製作して納品した事実は、当事者間に争いがなく、さらに、《証拠省略》によれば、右製作・納品は、前記認定の原・被告間の継続的契約に基づくものと認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
しかし、前記のとおり、右契約に際して、製作単価を別表単価欄記載のとおりとする旨の合意が原・被告間に成立したことを認めることはできず、また、本件全証拠によっても、代金合計額が原告受領ずみの二三一八万四八〇〇円を超えることを認めることはできない。
よって、原告の請求中、製作物供給契約に基づき、残代金の支払を求める部分は理由がないといわなければならない。
五 請求原因4(被告の注文打切り)の事実のうち、被告が、昭和五九年一一月以降、原告に対する発注を打ち切り、取引を中止するに至った点は、当事者間に争いがない。
そこで、被告の右注文打切りが、原告に対する債務不履行となるか否かにつき、被告主張の抗弁(やむを得ない事由及び代替措置の申し出)を検討するに、《証拠省略》によれば、以下の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
1 被告が原告に対する発注を打ち切るに至ったのは、昭和五九年一〇月ころから仏壇業界全体の景気が悪くなり、被告の売上高が一時期より三〇ないし四〇パーセント落ち込み、原告から納品された彫刻を使い切ることができなくなったからであって、原告から他の彫刻業者に切り替えたためではないこと。
2 被告は、原告に対し、昭和六〇年二月ころ、右発注打切りに対する代替措置として、仏壇業者である徳島県の佐野木工、山田木工等の下請を紹介する旨申し出たが、原告は、被告からの発注のみに依存しており、右申し出を受けた時点では、資金繰りが続かず既に韓国の工場が維持できない状態に陥っていたため、この申し出を拒絶したこと。
以上のとおり、被告が原告に対する発注を打ち切ったのは、他の彫刻業者に切り替えたからではなく、仏壇業界全般の景気が悪く、被告の売上高が非常に落ち込んだためであり、やむを得ない理由があったということができ、他方、原告は、被告から右打切りに対する代替措置として他の取引先を紹介すると言われた時点では、既に韓国の工場を維持できない状態に陥っていたものであり、それはひとえに被告からの発注のみに依存しすぎていたことによるものということができ、したがって、これらの事情を総合すれば、被告の右注文打切りが原告に対する債務不履行を構成するものとは認めがたい。
よって、原告の請求中、債務不履行による損害賠償を求める部分も理由がない。
六 以上の事実によれば、原告の本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石垣君雄 裁判官 渡邉了造 岩坪朗彦)
<以下省略>